JAILERの起源

JAILERを見て、「どうしてこんなものをつくったのか」と疑問に持たれる方がいらっしゃいます。制作にあたっての原体験としては、代表の立場から「自分で自分の時間をコントロールできていないことの不全感」についてトップページでもご説明させていただいております。その上で、本稿ではJAILERを制作するに至った紆余曲折の経緯を掲載しています。

JAILERは元々、構想時点では名前も形式も大きく異なるサービスでした。それは当初「十年独房」というプロジェクト名で呼称され、アプリやWEBサービスの形ではなく、現実に利用者を独房の中に閉じ込める監禁サービスとして、3人のチームで企画しました。

2017年5月12日

十年独房プロジェクトの最初の構想は以下のようなものでした。

サービス:目標を達成できるまで軟禁する
ニーズ:なにかを集中してやるために、自分で自分を律したい気持ち
ターゲット:将来に対するぼんやりとした不安を抱えたクリエイター

この時点では漠然と「1日1万円くらいで、目標を達成できるまで軟禁するサービスをつくったら、喜ぶ人はいるんじゃないか」と考えている段階です。この日、creatorsjail.inというドメインを取得しました。

2017年6月12日

独房にする部屋は、当時のチームメンバーの一人が京都で運営していたシェアハウスの一角を借りることに決めて、実施にむけた検討会議が始まりました。 「非日常の空間に閉じ込められることで、普段は得られない緊張感を感じて作業が捗る」というコンセプトであったため、そうした緊張感を如何に作り出せるかが主要な課題となりました。シミュレーションをしてみて分かったことは、ひとたび独房に入ってしまえば何もない時間が続くばかりで演出の余地はないから、重要なのは独房に案内するまでのプロセスであるということです。独房に入ることを「入獄」と呼称しはじめていたことから、その手順は「入獄前ガイダンス」と呼ばれました。

入獄前ガイダンス
(1)駅に出迎えする
(2)誓約書へのサイン
(3)注意事項を説明
(4)荷物、ケータイや財布を回収
(5)独房着に着替えて、プレートを持たせて写真撮影

ジェイルの場所がわからないようにするため、JR京都駅で待ち合わせて車に乗せた後は、目隠しをしてもらうことになりました。シェアハウスについたらリビングに案内して、誓約書へのサインをお願いします。

注意事項として説明していたことは「会社や友人等、問題がおこらないように事前に連絡しておいてください」、「施設内で、他の入獄者とあった場合でも、会話は禁止です」といった内容でした。一通り説明がおわると荷物、ケータイ、財布など独房に持って入る物品以外はすべて回収します。最後に独房着に着替えてもらい、プレートをもたせてポラロイドカメラで撮影します。プレートには監禁中の名前と、ワークが記載されています。独房の中では新しい名前で呼ぶことで日常のアイデンティティと切り離し、また、ワークではジェイルで何を行うかを宣言してもらいました。

冗談のようなこの一連の手続きは、非日常を演出することによって日常の習慣を脱色することができ、そこではじめて普段はできなかった作業に集中して取り組めるに違いないという着想に基づいています。しかし、どのようにすれば効果的に非日常を演出できるのか検討がつかなかったため、思いついた紋切り型の演出を積み重ねていくことになりました。

2017年6月27日

こうしてサービスについての案内資料が出来上がりました。十年独房はサービスの名前らしくないということで、ドメインとして取得した「クリエイターズジェイル」が暫定のサービス名となりました。

いきなり利用者を募る前に、テストをする必要があります。考案した私自身が、最初の被験者となるのは自然なことです。「サービス設計のための読書」ことをワークとして72時間、監禁されることが決まりました。

2017年7月3日

無論、問題はたくさん発生しました。

独房生活が始まってすぐ、白黒の独房着はチカチカして視覚に入り込むため、集中の妨げになることがわかりました。また合成繊維100%の生地は風通しも悪く着心地もよくありません。何時間かに一度、なぜか監視カメラの映像は途切れて中断しまいますし、静かな部屋の中でせっかく集中しはじめた頃にスケジュールに沿って「休憩です」と読み上げられると、飛び上がって驚きました。

また水分を持ち込まなかったため、「願います。水をください。」頻繁に看守に依頼しないといけません。看守を呼び出すには、3階の独房部屋からWEBを通じてリアルタイム通信でシェアハウス階下にいる看守役まで音声が伝えられます。看守はそれをうけて、肉声ではなく、合成音声を使って返事をします。その後しばらくすると「コンコン」とノックの音が聞こえ、扉を開けると目の前には水の入ったコップが盆の上においてあるという寸法です。

1日目は、特別な感慨もなく過ぎました。単に休日の1日を使って読書をしたのと同じです。ただ静かな空間で他に邪魔をするものがなかったため、集中することはできました。盆の上に置かれたコンビニ弁当を食べてから、早めに寝付きました。

2017年7月4日

午前8時、突然鳴り出した合成音声によって飛び起きます。平時の朝は苦手ですが、非日常空間ではすっきりと起きられます。起き上がってすぐに机に座り、昨日の続きから本を読み始めます。1日目に読んだ本は3冊。予定していたペースほどには上がりません。目の前には本来大きな窓がありますが、外が見えると独房の雰囲気が出ないかと思い全面に不織布が掛けられているため、昼間でもぼんやりと白んでいるだけです。

昼食に出されたのり弁当を食べてからしばらくすると、睡魔が襲ってきます。そこで、「ジェイラー、休憩願います」と呼びかけて、許可をもらいました。事前の打ち合わせで昼寝など休憩は20分と決めておきましたから、ちょうど20分後に再び合成音声によって引き起こされます。気分は悪くありません。短時間ながらかなりすっきりとした印象です。気を取り直して読書を再開します。

2日目の夕方ごろから、独房生活の終わりを意識しはじめました。その瞬間から、「まだあと1日あるのだ、そしてここから絶対に出るわけには行かないのだ」という思いがめぐり、ゴールの待ち遠しさが強まります。独房の中には時計がありませんでしたから、正確な時間もわかりません。

2017年7月5日

3日目になると、独房生活も新しい日常のように感じられてきます。朝、合成音声によって起こされて、いつもよりすっきりとした頭ですぐに読書を始めます。1日すべて読書をして過ごす日はあっても、3日間読書だけをするような経験はめったにありません。読んだばかりの本の内容が新鮮に頭に残っている状態で次の本を読み始めるので、経済理論とSF小説、進化論と情報学と、一見関係がない領域のページ同士が次々に頭の中で反応しあってしまって考えごとの脱線が多くなり、むしろ読書のペースは落ちていきます。机の周りをぐるぐると散歩しながら、独り言も言ってしまうので、システムがなにか言っているのかと誤検知をして階下の看守役が反応してしまいます。

ただ昼食の弁当を食べてからは、不織布ごしの光の具合を見ながら日が暮れるのを待ち遠しく思い、終わりの瞬間が気になり始めます。我慢の窮屈さは時間が進むのに比例して苦しくなるわけではなく、あるときから急なカーブを描いて耐え難いパニックのような感覚に陥っていきます。

午後8時、扉が空きました。待ちに待った瞬間です。チームメンバーが入ってきて、私に「どうであったか」と感想を聞きました。3日ぶりとはいえ人の顔を見て、私は自然とニヤついてしまいます。このときに受けたインタビューは、大仕事をやってのけたヒーローのような気持ちでした。72時間も独房に籠もっていたわけですから、シェアハウスの人々全体で祝いに駆けつけてきて当然のように思っていました。

ところが実際には、外の世界に変わりはありません。シェアハウスはいつものように、リビングで数人が雑談をしながらプログラミングを勉強していて、宅配便を受け取るのに印鑑がないと慌てている者がおり、滅多に外にでない住人は相変わらず自室に閉じこもったままです。チームメンバーくらいは私の独房生活を讃えてくれるかと思って階下に行くと、くたびれたもう一人の仲間が居て、「私達が監視されていたみたいだった」と言いました。たしかに2人は3日の間、私にいつ呼びつけられるかわからない状況で、初めての長時間稼働で発生したシステムトラブルを解決し、合間に私の弁当まで買いに行かなくてはならなかったのです。その後、看守側が独房の中から振り回されて逆に大きな負担を背負ってしまうこの問題は「監視の逆転現象」と呼ばれるようになり、根本的な問題となっていきます。

2017年7月下旬 ~ 8月上旬

1ヶ月ほどの期間を通じて応募者を募り、延べ7人を独房に入れて独房実験を繰り返しました。これによってシステムは安定性を増し、独房の中から声をかけられた際には音声認識により自動的に応答するなど、自動化も進みました。また、人一人を独房に入れて生活をさせるための生活上の面倒もなんとか見ることができるようになりました。被験者として応募された方は週末の2日の間、あるいは試験前の大学生が平日の3日の間、独房に籠もりました。感想は概ね「驚異的に捗ったわけではないが、予想したとおりに集中できた」、「クリエイティブ100%な作業には向いていない。クリエイティブと単純さの比率によってジェイルとの相性が決まると思う」、「身体のだるさや目の疲れを感じ、運動をしたくなる」などといったものでした。効果がないと言う人はいませんでしたが、感動的な経験をした人もいませんでした。またそれも、「無料でやる分には」という前提がついていました。

サンプルが増えるにつれて、想定していなかった問題も発見できました。たとえばワークに「中国語の練習」が選ばれたことがあり、この実験中には被験者が常に声を出して発音をするので、せっかくの自動応答システムもまったく働かず、看守役が常に中国の練習音声を聞き続けないといけないといった事態が発生しました。また、「寝ながら作業をしたい」という要望が事前にあり了承したところ、独房内の端に寝られてしまいカメラの死角となり、被験者の動きが捕捉できなくなったこともありました。実験を重ねるにつれてはっきりしてきたことは、看守役に注文ができるという仕組みの中では、被験者は結局、簡素な環境にとどまらずにやがて自分の生活環境の再発明していくようになるということです。すなわち看守はそこでコンシェルジュとなって、独房の中からの注文に振り回される「監視の逆転現象」が繰り返されることになりました。

脱線ながら、面白い知見もありました。看守は実験中、「ジェイラー」を名乗ってスピーカーを通じて被験者に働きかけますが、このスピーカーを地面においている場合と、天井に設置した場合、また所在をわからなくした場合で、被験者のジェイラーに対する傾向が異なるのです。地面においた場合では、犬を叱りつけるように邪険に扱う傾向があるのに対して、天井に設置した場合や所在を隠した場合では遠慮がちに「願います、ジェイラー」と言うのです。

ともあれ、はじめ「十年独房」と呼ばれ、「クリエイターズジェイル」と呼称していたサービスは、実際に7回の独房実験を行うことで、その実際的な価値を確認し、いくつかの重要な問題を残して煮詰まりました。

2017年8月8日, 9日

楽観的な思い込みがそのまま現実になることはまずありませんが、それはこの独房監禁サービスにも当てはまりました。効果は確認できたものの、お金を払ってまではやろうと思わないサービス価値と、大変すぎる監禁・監視の実務負担を確認して、プロジェクトの前途は曇りました。

このあたりで常識的な見解を聞いてみることにしました。チームメンバーはもとより研究者・エンジニアで構成されており、試行錯誤については私が言う通りに淡々とこなしてくれますが、意見はあまり言いません。そこで、本件のこと知らない友人に時間を取ってもらい意見をもらいます。

「マーケットが狭すぎる上に代替サービスはいくらでもあるし、ささらない」、「クリエイターズジェイルという名前がダサい。『ジェイル』がとくにダサい」、「『ジェイル』が響く層がわかってない、そもそも『ジェイル』に響く人がなどいない」、「『クリエイターズファイル』(注:日本のコメディアンによる動画企画)を連想する」とこれは大手広告代理店に勤務する友人の指摘です。

芸術家として国際的に活躍する知人は、「安直に『クリエイター』と言うが、揶揄しているのか、真面目に言っているのか」、「YouTubeLiveやNiconicoで配信することからはじめてはどうか」、「『リアル脱出ゲーム』や『エクストリーム出勤』などと近いジャンル」といった意見をくれました。

2017年8月14日

実験の日々から少し日が経ったことで、問題の構造が違って見えてきました。

きっかけになったのは監視カメラの死角問題です。死角を無くすためにカメラを複数用意する準備をしていたところでしたが、考えてみれば、監禁までしているのに結局カメラの死角に入ってしまえば手出しができないというのは滑稽な話です。逆に言えば、監禁していなくてもカメラにさえ写り込んでいれば非日常の緊張感は生み出せる可能性があるということに、このとき気が付きます。

監禁とは1つの行為ではなく、(A)物理的隔離 + (B)監視という2つの行為の複合であると見ることができます。弁当を用意したり盆に水を乗せて運んだりといった重い負担を発生させていたのは、もっぱら(A)物理的隔離によるものです。サービスとして物理的隔離を行うことによって、睡眠や食事時間を管理をすることが可能になり、生活サイクルを整える役割はありました。しかし作業上の緊張感を生み出す効果が(B)監視によってもたらされているのであれば、本件サービスにとって必要十分な要素は監視だけになります。こうして当社チームは、サービスをスリム化する手がかりを得ました。

もう1つ残っていた厄介な問題が、「監視の逆転現象」、すなわち看守がコンシェルジュになってしまう問題でした。この原因は、コミュニケーションの流れが、入獄者と看守の間で双方向に可能であったことにありました。打開の方向性としては当時2つの方向性が俎上にあがり、第1案は「普遍的に入獄者を満足させる環境は、ホテルや自宅を再発明することになるため、はじめからホテルや自宅で行うべきである」というもの、第2案は「コミュニケーションの方向性を看守から入獄者への片方向に限定する」というものでした。

ここで私は、独房で読んでいた「監獄の誕生」という本のことを思い出しました。そこで触れられていたのは「パノプティコン」という、監獄の設計思想のことです。パノプティコンとは、18世紀の功利主義哲学者ベンサムが提唱した、円形に配置された牢獄と中央の監視塔を特徴とする監獄施設のことで、少ないリソースで効率的に囚人を見張るための仕組みです。パノプティコンでは、囚人の側からは中央にある監視塔の様子を知ることはできず、看守がいつ、どのように見ているかがわかりません。そのため囚人は、常に「見られているもの」として振る舞うことになります。この考え方は、「監視の逆転現象」の直接の解決策になりました。つまり、第2案を採用する論拠を得たのです。

こうして、監禁を旨としていた当初の「十年独房」のコンセプトはいったん捨てて、明らかになった要件から再出発することになりました。そしてそれは、アプリで実現可能であるという結論に至ります。

アプリとしてのサービスの最重要要件は、(1)利用者を監視カメラに映し出すことによって緊張感を生ぜしめること、(2)コミュニケーションを看守から入獄者への片方向に限定すること、の2点に集約できるようになっていました。現在のサービスでも、利用者がカメラの視野内から離れるとJAILERはその都度指摘をさせていただきますし、利用者からのコミュニケーション手段を一切用意しておりませんが、そうした仕様はこの一連の実験を通じて抽出した要件に則っているためです。

2017年8月25日以降

Androidアプリによる開発が先行して始まりました。3ヶ月ほどの開発期間を経て、2017年12月ごろからクローズドベータとして公開、2018年3月からオープンベータとして公開しました。iOSアプリについても並行して開発しましたが、2018年4月から6月まで、「監視というコンセプトは利用者にとって有害でAppStoreのルールに反する」とAppStoreから繰り返しリジェクトを受ける羽目に合い、2018年9月からはWEBベースに移行してプラットフォーマーによる影響を排除することになりました。

このように現在のJAILERは、「目標を達成できるまで軟禁するサービスをつくったら、喜ぶ人はいるんじゃないか」との思いつきに始まり、独房監禁サービスによって7回行った実験をもとに抽出された(1)利用者を監視カメラに映し出すことによって緊張感を生ぜしめること、(2)コミュニケーションを看守から入獄者への片方向に限定すること、という中核的な要件をもとに実装されています。